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大阪地方裁判所 昭和37年(わ)616号 判決

被告人 森野四郎 外三名

主文

被告人森野四郎、同宮崎勇を各懲役一年六月に

被告人川口栄吾、同松岡幸男を各懲役一年に

処する。

被告人森野四郎、同宮崎勇に対し、未決勾留日数中各一五〇日を右本刑に算入する。

但し被告人川口栄吾、同松岡幸男に対し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

(第一略)

第二、被告人森野四郎同宮崎勇同川口栄吾同松岡幸男は、カフエーの女給でアパート住いをし被告人川口と情交関係のあつたA(昭和九年五月生)及び被告人松岡の友人で同被告人と情交関係をもつたこともあつたB(昭和一八年二月生)の両名を四国方面へ観行旅行をするように装つて連れ出し、Aについては同女を四国方面の料亭に仲居名目の売春婦として就職させて前借金を利得しようと企て、Bについては同女を同じく四国方面の料亭に仲居名目の売春婦として住込ませ前借金を受領した後同女を逃走させて利益を得ようと企て共謀の上、昭和三七年一月一五日午後四時頃前記サンハウス二〇号室被告人宮崎方居室において、被告人森野が、その場に集つていたA、B及びその余の各被告人等の前で四国へ旅行しようと言い出し、同女等に対し被告人川口及び松岡も行くのだから一緒に旅行するよう勧誘し、更に被告人松岡も右サンハウス附近の食堂においてAに対し自分と一緒に旅行するように勧誘するなどして、同女等をして四国方面に観光旅行をするもののように誤信させて被告人等に同行して旅行することを承諾させ、同日午後八時頃同市大阪港天保山桟橋から関西汽船別府航路さくら丸に乗船させて愛媛県高浜港に連行し、営利の目的をもつて同女等を誘拐しようとしたが、Aは被告人等の意図を察知して大阪市内に逃げ帰り、Bについても被告人等が警察に察知されたと感じて同女の誘拐を断念し、被告人川口同松岡をして同女を大阪市内の自宅に送り帰らせたため誘拐の目的を遂げなかつた。

(第三略)

(証拠の標目)(略)

(累犯となる前科)

被告人森野四郎は昭和三一年三月三一日津地方裁判所上野支部において恐喝罪により懲役二年に処せられ昭和三三年二月八日頃右刑の執行を受け終りその後犯した罪により、昭和三四年四月二七日津地方裁判所上野支部において傷害、恐喝、暴行、免状等不実記入罪により懲役一年六月に処せられ昭和三五年一〇月二七日右刑の執行を受け終つたものであつて右の事実は検察事務官作成の前科調書同被告人の司法巡査に対する昭和三七年二月二日付供述調書によりこれを認める。

(法令の適用)

被告人森野、同宮崎の判示第一の所為は刑法第六〇条、第二四六条第一項に、被告人森野、同宮崎、同川口、同松岡の判示第二の各所為はそれぞれ同法第六〇条第二二八条第二二五条に被告人宮崎の判示第三の所為は同法第二〇四条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号にそれぞれ該当するので被告人宮崎の判示第三の傷害の罪につき所定刑中懲役刑を選択する。

被告人森野には前示前科があるので刑法第五六条第一項、第五九条、第五七条により法定の加重をする。

被告人森野、同宮崎の以上の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第二の大野英子に対する営利誘拐未遂罪の刑に法定の加重をし(但し被告人森野については同法第一四条の制限内で)所定の刑期範囲内で被告人森野四郎、同宮崎勇を各懲役一年六月に処し同法第二一条により未決勾留日数中各一五〇日を右本刑に算入する。

被告人川口、同松岡の以上の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により犯情の重い判示第二の大野英子に対する営利誘拐未遂罪の刑に法定の加重をし、所定の刑期範囲内で被告人川口栄吾、同松岡幸男を各懲役一年に処し、情状により同法第二五条第一項第一号を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

なお、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項但書によりこれを被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

被告人宮崎の弁護人は被告人等はA、Bを売春婦として就職させる意思はなく、その前借金を受領して逃走させる意思であつたのであるから、本件は営利誘拐罪を構成しないと主張する。

しかしAについては前示各証拠によれば被告人等は同女をつぶし玉にする―即ち料亭に売春婦として住込ませ引続き働かせる―意思であつたことが認められるから弁護人の主張は既にその前提を欠くものである。しかしBについては、同女を売春婦として就職させる意思なく事件玉とする―即ち同女を売春婦として就職させる如く装つて料亭に一旦住込ませ前借金を受領するや同女を逃走させて前借金を騙取する―意思で、四国方面に連れ出した上同女に事件玉となることを承諾させる意図であつたと認められる。

誘拐罪にいわゆる誘拐とは欺罔或は誘惑手段を用いて人を不法に自己又は第三者の実力的支配下におくことをいうのであるが、ここにいう実力的支配とは必ずしも法律上の保護、監督関係、雇傭関係等の存在を必要とせず事実上人の個人的な自由を不法に拘束するものであれば足りるのである。

そして本件において、Bが被告人等に欺罔され或は誘惑されて、売春婦として就職する如く装つて一旦料亭に住込みその前借金を受領して後逃走するという役割を承諾するに到れば、事実上同女の個人的な自由は被告人等により不法に拘束され、その実力的支配下におかれるものと解されるのである。そうであるとすれば被告人等が右のような意図で、四国方面に観光旅行をすると欺罔して同女を連れ出した行為が営利誘拐罪の実行の著手にあたることは明らかである。

よつて右弁護人の主張は採用できない。

(本件について営利誘拐罪の既遂を認めなかつた理由)

検察官は被告人等がA、Bを前記サンハウスから大阪港天保山桟橋まで連行し、関西汽船別府航路さくら丸に乗船させたことにより誘拐は既遂に達したものであると主張する。

誘拐罪は人を不法に自己又は第三者の実力支配下におくことにより既遂に達するのであるが、どのような段階に到れば実力的支配が設定されたといえるかを判断するに当つては、誘拐罪が人を実力的支配下におくことにより個人の自由を不法に侵害する点に重点を有することに鑑み、個々の事例について、被拐取者の年令、性別、拐取者と被拐取者との関係、誘拐の手段、誘拐の目的等諸般の事情を勘案して、被拐取者の自由が不法に拘束されるに到つたか否かにより決すべきものである。

本件については被害者であるAは二七才、Bは一八才でありAは被告人川口と、Bは被告人松岡としばしば肉体関係を持つ程の親密な間柄であつたこと、四国にいくに当つて同女等が積極的にこれに参加したとはいえないけれども、被告人等が同女等に一緒に旅行するよう勧めたところ、A被告人川口が、Bは被告人松岡が一緒に旅行するのであれば、二、三日四国に観光旅行をしてもよいというのでこれに承諾し、被告人川口、同松岡も同行して前記さくら丸に乗船したものであること、その他前示各証拠によつて認められる諸般の事情を考え合わせると、未だこの段階においては同女等の自由が不法に拘束されるに到つたとは考えられない。

従つて同女等を前記さくら丸に乗船させただけでは同女等が被告人等の実力的支配下におかれたとはいえず、誘拐が既遂に達したとは認められない。

よつて検察官の主張は採用できない。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 網田覚一 石松竹雄 小田健司)

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